タンゴのスペイン語辞典 Diccionario Tanguero


Cha - Clu

Chacarita (チャカリータ)

 ブエノスアイレス市の広大な墓地の名前。現在は市街地の中にあるけれど、そこは、昔は場末のさらに先の土地だった。1871年に、黄熱病 (おうねつびょう) の流行で非常に多数の死者が出たので、その埋葬のためにつくられた。この場所は、さらに昔にイエズス会修道院のチャカリータ(ちょっとした農園)があったので、ずっとその名で呼ばれていた。
 後には、この墓地を含む地域が、ブエノスアイレス市チャカリータ区と命名され、現在に至っている。
 参照 ⇒ Triunvirato


chambergo (チャンベルゴ)

 アルゼンチンのガウチョが愛用した帽子の1種。元は17〜19世紀のスペインの兵士の野戦用の帽子だった。頭にかぶさる部分は、あまり深くなく、強い日差しが目に入るのを防ぐため、つばが広いのが特徴。左右の縁、または後ろの縁を上に巻くようにして止めたものもあった。


chamuyar (チャムジャール)

 話しをする、おしゃべりする、会話をする。下記のことばを参照。


chamuyo (チャムージョ)

 話し、おしゃべり、会話。カロー (スペインのジプシーの言語) (会話を意味する)を流用したもの。どんな内容の話しぶりにも使う、一般的なことばだが、特に限定して恋人同士の(いちゃついた)会話を指すことも少なくない。


chan-chan (チャンチャン)

 タンゴ楽団の一般的演奏パターンでは、最後にふたつの和音(サブドミナント〜ドミナント)で終わるが、そのふたつの和音の擬声語。
 参照 ⇒ Sol-Do.


---Ma, ¡qué arreglo!. Hacemos chan-chan y chau.

「なにがアレンジだよ! チャンチャンとやって、おしまいにしようぜ」


chansonier (シャンソニエー または チャンソニエー)

 タンゴ楽団やダンスバンドの1メンバーとしての男性歌手。甘い、やわらかいうたいかたの歌手というニュアンスを含む。フランス語 “chançonnier” の転用。
 参照 ⇒ cantor; estribillista; vocalista.

フランスではキャバレー、ミュージックホールの舞台で、自作の歌や、風刺コントなどを演じるアーティストを指していました。


chapalear (チャパレアール)

 ガウチョのことばが、場末のことばになった。意味は「(ぬかるみの泥水を)はねかす」。語源は先住民のパンパ語で、chapad (チャパッド=沼)


chata (チャタ)

 川で使うために、浅い水深に適した、平らな船底をもった、荷物用の(あまり大きくない)船。埠頭から、水深の深いところに停泊している船まで荷物を運ぶ。正しい日本語訳は「艀(はしけ)」だが、もう死語でしょうか? 
 船から転じて、ブエノスアイレスでは荷馬車の1種ををこう呼び、その意味で使われるほうが一般的に多くなった。大きな荷物を積めるように4輪で、屋根はない。後世のトラックの荷台だけのような馬車。
 語源はイタリアのジェノヴァ方言 “ciatta” (チャッタ) で、はしけ(=平底の小型貨物船)を指していたとのこと。ふつうのイタリア語では“chiatta” (キヤッタ)
 参照 ⇒ chato.


chato (チャト)

 顔が平たい(=鼻が低い)男。女性に使うときは “chata” (チャタ) 。男性に対していうときは、からかいのニュアンスをもった反語で、鼻の高い人をこう呼ぶことがある。女性に対するときは、「かわいらしい顔」というプラスのイメージでも使われる。
 参照 ⇒ chata.


¡chau! (チャウ)

 日本語なら「さよなら!」「じゃぁね!」などにあたる、軽い別れのことば。「やぁ!」「こんちわ」といった、軽い出会いの挨拶にも使われる。イタリア語 “ciao” のなまったもの。


¡che! / ¡ché! (チェー)

 日本語の「ねぇ!」とか「ちょっと!」に当たる、人に呼びかけるときのことば。アルゼンチン、ウルグアイの(とくに都市に住む)人は、ほとんど無意味に、会話のはしばしに、このことば(?)を連発する――近年では、知的な若者は、なるべく使わないように努力しているようだが……。あんまり多用するので、外国では「チェー」は、アルゼンチン人の異名・あだ名となり、また全般的にアルゼンチン人を指す差別用語(?)にもなっている。有名なのはキューバ革命の闘士となった チェ・ゲバラ “Che” Guevara――ラモーン Ramón という本名は、大多数の人が知らない。

語源については、コジツケめいたいくつかの説がある。正しいと思われるのは、
スペインで数百年前から使われている “ce” がなまったのだという説。
これは元来、人を呼び止めるときに使われた、舌先で「ツッツッ」と出す音からきている。


Che, madam, que parlas en francés
y tirás ventolina a dos manos,
que escabiás copetín bien frappé
y tenés el yigoló bien bacán . . .

もしもし マダム、あなたはフランス語をしゃべり
両手でお金をばらまく
キリキリに冷えたグラスをあおり
まったくご立派な色男をお持ちだ……

――タンゴ «Muñeca brava» (おそろしいお人形さん)1928年 作詞:Enrique Cadícamo 改編:¿Carlos Gardel?
*カルロス・ガルデール Carlos Gardel 歌。ここをクリック


Chiclana (チクラーナ)

 ブエノスアイレスのパルケ・パトリーシオス区の、西側を、ほぼ南北に走る大通り avenida (アベニーダ) の名前。この通りを北に延長して、都心に斜めに進入する幹線道路にする開発計画があったが、挫折した。ふつうの、場末の大通りなのだが、下記の歌詞によって、広く有名になった。
 後になって、この時代に、この大通りの、コンベンティージョ (共同住宅)に住んでいて、キャバレーで働き、若くして肺炎で亡くなったエステールという名前の女性が、ふたり実在したことがわかった。ただし、この曲(劇の挿入歌)のエステールには、特定のモデルはいない(と、わたしは思います)。


¿Te acordás, Milonguita? Vos eras
la pebeta más linda 'e Chiclana;
la pollera cortona y las trenzas,
y en las trenzas un beso de sol.
Y en aquellas noches de verano,
¿qué soñaba tu almita, mujer,
al oír en la esquina algún tango
chamuyarte bajito de amor?

Esthercita,
hoy te llaman Milonguita,
flor de lujo y de placer,
flor de noche y cabaret.
Milonguita,
los hombres te han hecho mal
y hoy darías toda tu alma
por vestirte de percal.

覚えているかい? ミロンギータ。きみは
チクラーナ大通りのいちばんきれいな娘だった。
短めのスカート 三つ編みの髪
そしてその髪に太陽のキス。
そしてあの夏の夜、
おんなよ、きみの魂は何を夢見ていたのか?
街角で、なにかタンゴが、
小声できみに愛を語るのを聞いて。

エステール、
きょう人はきみをミロンギータと呼ぶ。
贅沢(ぜいたく)と快楽の花、
夜とキャバレーの花。
ミロンギータ
男たちがきみを傷つけた。
そしてきょう、きみは魂のすべてを与えるだろう、
ふたたびペルカールのドレスを着ることができるものなら。

――タンゴ «Milonguita» (ミロンギータ)1920年 作詞:Samuel Linnig
*カルロス・ガルデール Carlos Gardel 歌。ホセー・リカルド José Ricardo ギター。ここをクリック
(この時点では、ガルデールもリカルドも、タンゴならではの語りかた、奏法を全面的には確立していません。
ある部分は、スペイン流のオペレッタの中のタンゴみたいですね)


chimichurri (チミチューリ)

 アルゼンチン=ウルグアイ原産(19世紀)で、後に各国で愛されているソースの名前。語源は、英語がらみのおもしろい説がいくつかあるが、どうも怪しい。いいかげんに付いた名前であることは間違いない。
 材料は(基準はないが)、にんにく(みじん切り、または、すりおろし)、パセリ・コリアンダー・オレガノ・ローリエなどのハーブ(みじん切り、ほか)、トウガラシ(くだいたもの、または粉)、オリーヴ・オイル、ワイン・ヴィネガー、といった中から好みの材料を、好みの量まぜる。塩もごく少量加える。加熱はしない。玉ねぎのみじん切りもおいしいが、水分が出るので、食べる直前に混ぜる。
 牛肉、ソーセージ、鶏肉など、焼いたものにかける。


china (チーナ)

 ガウチョ のことばで、いなかの女性のこと。パンパ族先住民、またはその混血の女性で、家事の下働きをする女性に、そして多くの場合愛情をこめて使われたことば。
 語源はケチュア語で、「(動物の)めす」を意味していた。
 広い意味でのルンファルドの単語としては、一般的に女性のことを指す。なかでも、先住民っぽい顔立ちの女性を指し、軽べつ的なニュアンスのときも多い。

*標準スペイン語では「中国女性」の意味です。


chinchulín (チンチュリーン)

 牛の小腸。ガウチョが、内臓のなかでもっとも珍重した部位。本来は、そのまま焼いて食べる。ただし、新鮮でないとそうはいかないので、軟らかく煮るためにいろいろ秘伝があるようだ。
 語源は、ケチュア語 chunchuli (チュンチュリ) で、動物の小腸の一部である空腸(十二指腸につづく部分)のこと。


chino (チーノ)

 先住民っぽい顔をした男、いなかもの。
 親しい仲間での愛称のこともあるが、一般に軽べつ的に用いられることば。前記の「チーナ」から派生した都市のことばで、ガウチョは使わない。

*標準スペイン語では「中国男性」の意味です。


chiqué (シケー または チケー)

 フランスの隠語または俗語を、そのまま借用したもので「うわべだけごまかした、見せかけだけの、虚勢を張った、不自然に飾り立てた」というようなニュアンス。
 リカルド・ブリニョーロ Ricardo Luis Brignolo (1892 - 1954) が、このことばを題名に使ったタンゴをつくっているが(1920年)、彼自身は「その時代にしては、凝ったつくりの、飾り立てたタンゴだったので」こう命名したと語っている。このことばは、キャバレーの女性たちの会話で聞いて知ったという。

作曲者自身が、あとで歌詞もつくりました。ルンファルドを多用した、
なかなか出来のいい歌詞です。そこでは、キャバレーで働いていたらしい女性に
「きみは、ぼくを決してだましたりしなかった」という意味で
「きみは、ぼくに《シケー》を使わなかった」と言っています。


. . . que con tus aspavientos de pandereta
sos la milonguerita de más chiqué.

あんたは、タンバリンみたいにやかましい 大げさなふるまいで
いちばん派手に気取ったミロンゲリータ。

――タンゴ «Che, papusa, oí» (チェ・パプーサ・オイー)1927年 作詞:Enrique Cadícamo
*カルロス・ガルデール Carlos Gardel 歌。ここをクリック


chirola (チローラ)

 小銭、はした金、ばら銭。複数形 “chirolas” (チローラス) とすることも多い。
古いガウチョのことばから伝わってきたもので、昔のボリビアの銀貨のことだったそうだ。


chirusa (チルーサ)

 ガウチョのことばで、「教養のない、がさつな女」。“china” に、軽べつのニュアンスを加えて変化させたことば。
 都市の一般的俗語にも取り入れられ、その場合は、とくにさげすみの意思はなく「貧しい家庭の娘」といった意味で使われ、愛情のニュアンスさえ加わることもあるようだ。


chitrulo (チトゥルーロ)

 バカな(男)。イタリア語 citrullo (チトゥルッロ=考えなしに行動するバカな男) を借用。


choclo (チョクロ)

 トウモロコシの実のついた部分(皮はとって、でも芯は付いて)。アンヘル・ビジョルド Ángel G. Villoldo (1861 - 1919) 作曲のタンゴ『エル・チョクロ』 の題名は、音楽とは無関係(元来は歌詞のない音楽だった)。作曲者は、プチェーロ と呼ばれる煮込み料理がお気に入りだったが、運ばれてきた皿の中に、輪切りのトウモロコシが入っていると大喜びしたという(雑多な材料が煮込んであり、適当に盛り付けられるので、いつもトウモロコシが入っているとは限らない)。トウモロコシがいちばん好きだったから、自分のいちばんよくできた曲の題名にした……と、作者自身が語っていたと伝えられている。

トウモロコシは南アメリカ大陸原産で大事な食材ですので、日本で「稲」「米」「めし」「ライス」とか使い分けるように、
いくつかのことばがトウモロコシを指します(どれも、先住民のことばが語源です)。
植物の全体的な名前および、トウモロコシの豆――食用にする実――だけを指すときは、 “maíz” (マイース)です。
トウモロコシの房(稲の穂にあたる部分、豆のある部分、皮付き)は mazorca (マソールカ)、
トウモロコシの皮(葉)は chala (チャラ) と呼びます。


chocolate (チョコラーテ)

 チョコレート。そして、アルゼンチン=ウルグアイにかぎらず、スペイン語の国々では、飲みものの「ココア」も、こう呼ぶ。ココアに相当する cacau (カカーウ) ということばは、ココア豆や粉といった原料の呼び名で、飲みものには使わない。食べるほうも、飲みものも同じチョコラーテということばだけれど、状況でわかるので混乱はない。たとえば「朝食にチョコラーテをとりました」といえば、日本語では「朝食にココアを飲みました」ということ。
 参照⇒ convoy


choripan (チョリパン)

 下記のチョリーソ(1)を、焼いてパンにはさんだ食べ物――チミチューリ などのソース、あるいは塩だけ付けて食べる。(語源は明白ですね)
 19世紀にガウチョが、そうやって食べていたらしい。20世紀になってからは、まずサッカーの観客の軽食用に、そして散歩道などでの屋台・食堂に、広く愛好されるようになった。今日も音楽フェスティバルほかの野外イベントでもっとも人気のある食べ物になっている。


chorizo (チョリーソ)

(1) スペイン・ポルトガルに発したソーセージの種類の名前。豚肉、赤ピーマン(辛さはいろいろある)の粉とニンニクが主な材料。ラテンアメリカほぼ全域、ブラジルにも伝播した。ただし、アルゼンチン=ウルグアイ=パラグアイでは、他地方のものとは、かなり異なり、区別が必要なときは chorizo criollo (チョリーソ・クリオージョ=土地生まれのチョリーソ) と呼んでいる。
 土地っ子のチョリーソの特徴は、乾燥や燻製をせず、ほとんど生肉の状態であること。だいたい、牛肉70%、豚肉30%に、脂肪の部分を混ぜたもの。グリルなどに乗せて焼いて食べる(ゆでたりすると、おいしくない)。皮が破れないように5分ほど水につけておき、たいへん弱い火で40分以上あぶって食べるのが正統的な料理法。アサード asado で、メインの肉が焼ける前に、前菜!(笑い)として供される。
 参考 ⇒ choripan


(2) ガウチョのことばから発した肉屋の専門用語で、牛の背中の部分、脊椎の両側にある、太い2筋の肉の部分を指す。語源は不明。標準スペイン語では solomillo (ソロミージョ) と呼ぶ。フランス語ではコントル=フィレ contre-filet 、イタリア語ではコントロフィレット controfiletto 、英語ではサーロイン sirloin などと名づけられている。
 専門語とはいえ、この部分をカットしたステーキ bife de chorizo (ビーフェ デ チョリーソ) を通じて、だれでも知っていることばになっている。


chupar (チュパール)

 ふつうのスペイン語では、「吸う」という意味。ルンファルドでは「(酒を)飲む」。
 同義語 escabiar


---¡Cómo chupa esa mina!

「よく飲むなぁ、あの女は!」


chupi (チューピ)

 酒・アルコール飲料。


---Él siempre anda de chupi.

「あの男はいつも飲み歩いてるよ」


chuzas (チューサス)

 ガウチョのことばで、ビッシリと密集して生えている硬い黒髪(の男)を指す。挑戦的な気の強い男というニュアンスを含んでいる(顔で性格を決め付けてはいけませんね)。元来は、先住民が戦闘に使う投げ槍のこと(その複数形)。
 アグスティーン・バルディ Agustín Bardi (1884 -1941) 作曲の同名のタンゴの初版楽譜表紙には、そういう顔の、先住民の混血と見える男の顔が大きく描いてあったはず(どこかで見つけたら、ここに掲載します)。1950年代の同名のミロンガは、歌合戦をいどむパジャドールが、挑戦されたら、投げ槍で反撃する(比ゆ的に)というような歌詞――こちらは髪の毛は関係ない。

余計なことですが、www.todotango.com ルンファルド辞典にあるこのことばの定義は、筆者の思い込みで書いていて間違いですので、ご注意。


claque (クラーケ または クラック)

 ラジオの公開放送、劇場ショー、ライヴハウスなどで、曲が終わったとたんに大拍手・歓声などをおくり、他のお客もつられて拍手し感動するように、盛り上げる役目の人。昔はプロの拍手の名人がいたという。多くの場合、歌手に頼まれて、彼や彼女に喝采を送り、なんらかの謝礼をもらう。そのアーティストのファンで、無償で、喜んでこの役を引き受ける人も多い。このことばはフランス語が元なので、きっとよき時代のパリのミュージックホールあたりからはじまったことなのだろう。


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