タンゴのスペイン語辞典 Diccionario Tanguero よみもの


El Gremio de las Curanderas y Santeras


クランデーラとサンテーラ同業組合


 家の入り口のところに、クランデーラ(女占い師)たちの宣伝係りがばらまいていった、あの昔ながらのよくあるカードを手に取ったことがない人がいるだろうか?
 いつも同じ文面である。
「あなたは不幸でいてはいけません。あなたの悩みを治しなさい。愛する人があなたを裏切りましたか? あの女性があなたを望んでくれませんですか? あなたの奥さんが不貞をはたらきましたか? 宝くじに当たりたいですか? あなたを幸せにしてくれる人をどこで見つけたらいいか知りたいですか? あなたのもろもろの不幸をいやす手段を見つけたいですか? ドニャ・フワニータの所に行きなさい。彼女はヨーロッパから着いたばかりです。本物のソロモンの鎖骨を持っております。また正真正銘の魔法の石も持っております。ニセモノにご注意ください。ドニャ・フワニータ・C.サランディー通り×××番。日曜祝日も受け付けております」

どこでカードが配られるのか
 もちろんのことだが、こういうカードはフンカール Juncal 通りとか、アレナーレス Arenales 通り (高場註:ふたつとも中流以上の住宅地にある) では配られない。
 しかし、ビジャ・ルーロ Villa Lulo、ビジャ・ソルダーティ Villa Soldati、ビジャ・ルガーノ Villa Lugano、フローレス Flores 区の南、チャカリータ Chacarita 地区の西 (いずれも場末のさらに先)、またカバジート Caballito 地区のサンマルティーン大通り avenida San Martín に近い一帯 (市の真ん中だが、北隣りは移民・労働者の街) では、大量にばら撒かれる。
 一般的にいって、カードは、様式化された天然磁石や、もしくは、両目から磁気の光線を放っているトルコ帽の怪しい男の絵で飾られている。こういうものが、洗濯女たちの心を騒がせ、恋わずらいに悩むアイロンかけ女たちの身を震わせるのだ。
 裁縫女たちは横目でチラッと見るだけ。スペインの作家ルイス・デ・ヴァル Luis de Val (今日のハーレクイン・ロマンのようなもの) に感動しているような女たちは、そういうインチキ文句はバカにしている。
 その一方で、ほかの女性たちは大事にカードをしまいこみ、偽りの笑い声を上げながら、夫のことを、幸運をもたらす印刷物が提供する数々の癒しのレシピのことを考える。

ある日、男の子が病気になる
 ある日、ある男の子が病気になり、町のおばさんはそのことを石炭屋のおかみさんに話す。
 石炭屋のおかみさんは、しばし考えて、こう言う。
「呪いの目で見られてしまったんじゃないかね?」
「あぁ、聖なるマリーア様、どうしよう!」
「戸口の軒下に塩をまかれたことはなかった? (塩は、清めじゃなくて、呪いなんですね――高場) 奥さん、まったく世の中には、いろんな女がいるんですよ!」
「でも、わたしは、だれにも悪いことをしていないのに!」
「旦那さんのことを、うらやましがってるんじゃないかな。人の悪口を言うつもりはないけれど、あの向かいにいる恥知らずの女は……」
「あなたに2回分借りてるひと?」
「そう。それでいて、あんなに気取りまくって。なぜだかわたしには、あのひとが よく あなたの旦那を見つめている気がしますね」
「そんなこと!」
「あの女が塩をまいても不思議じゃないとわたしは思いますよ。子どもが死んだら、彼女のほうに、あなたの旦那の目が行くから」
「そんな人がいるなんて……でも、そんなことがあるものかしら?」
「わたしは、趣味で、治してくれる女の方を知っていますよ。お金は取りません。もちろん、もしあなたがお望みなら、施しをなさってもいいですよ、貧しい人たちのためにね。その方がもらったものはぜんぶ、その方は貧しい人たちに上げるんです。その方のところへは、お金持ちのご婦人たちも来るんですよ、あの髪を高く盛り上げた上流の奥様たちがね。わざわざ自動車に乗って来るんですよ」
「それで、わたしに会ってくれますかね?」
「ちょっと待って。いま わたしが住所を書いてあげましょう」
 かくして「サンテーラ(クランデーラと同じ) は、お客をひとり獲得する。

クランデーラ
 クランデーラは、ほとんど常に、30才以上の フールバ (頭のいい女) である。喪服を着て、のどには黒いビロードのリボンを巻いている。そのリボンは、白粉(おしろい)と、彼女のニワトリのような首から出る自然の脂で灰色になっている。
 一般的に、彼女たちは地区の警察長の友人である。
 彼女たちは形而上科学の教授であると言い、しゃべりながらピエロよりも もっとたくさんのご面相をしてみせる。
 話に出てくる男性たちは、みんな「○○博士」であり、どの女性たちも「わたくしの友だちアリアーロス・オルモス・デ・ポルテスエーラ」と、たくさんファミリー・ネームを持った由緒ある家柄だ。
 彼女たちはゆっくりと両手をもみながら話す。「愛をわかちあう女性」であり、仲介者、その他、形容できない、もっとひどい者である。
 白い顔と、大鍋の底のように黒い魂をもっている。その中ではすべてが、恐ろしいごった煮になっている。
 彼女たちは、いつも決まった時間に来客を受け付ける。そして常に未亡人である。夫のことを話すときは必ず、「あの祝福された者が平和に休んでおりますように」と言う。
 殉教の歴史研究家よりももっとたくさんの聖人、聖女の名前を知っている。イエズス会の学者なんかよりもっと多くの奇跡について知っている。エクトプラズムとか周辺霊魂の話をする。
 人の知らないさまざまな顕示のことをひそかに教えてくれる。尻尾が鉄条網(てつじょうもう)のような黒猫を飼っている。
 たずねてきた不幸な女と話しているとき、いつも前から打ち合わせてあって、女中さんが入ってきて言う、
「奥様、○○博士がお見えで、お話させていただけるだろうかと、おっしゃっています」
 すると「フールバ」は答える。
「前にも言ったでしょう? わたくしが人といるときには、だれも邪魔してはいけません」
 そこで、不幸な女は「サンテーラ」への感謝で身のおきどころもなくなる。「博士といわれる方まで待たせてしまうなんて……」

商売道具は:
 商売道具は、化学的に純粋な水であり、処女蝋(ろう)(蜂の巣から取った未精製の蝋、黄色っぽい――高場) であり、牧草であり、修道女の肩衣であり、殺人者の歯であり、絞首台の綱であり、蛙たちであり、これまでに創造されたものとこれから創造されるもののすべてである。
 彼女たちが相談を受ける部屋は黒い布が床に敷いてあり、フクロウの剥製(はくせい)がいる。彼女たちは床に十文字に塩をまく。
 恋わずらいを治すためには、蛙に針を刺すことをすすめる。
 優柔不断な恋人を引き止めるには、彼の身に着けているものをもってくるように言う。それで彼の写真を包み、被害者の女性に、その包みを地面に埋め、その上で火を焚き、そこに何本か髪の毛を投じるように――恋人は必ず帰ってくるだろう。
 彼女たちは結婚に失敗した女性にも、結婚に失敗した男性にも処方を知っている。爪の切りかたやボタンの割れかたで夫婦の不貞を発見する。女友だちが女性を裏切ったときもわかる。男の子が呪いの目の被害を受けたとき、塩で呪われたとき、羨望からの病気。
 彼女たちは忠告を与え、将来の夫婦げんかの準備をする。夫たちが家に帰ってきたとき遭遇する、突っかかってくる、扱いにくい、おそろしい妻たち。
 占い女たちは隠された威圧を発し、いつも「神様のあわれな子」たちのためのものを欲しがる。
 相談に来た不幸な女は、退室するとき、感謝にあふれて言う。
「奥様、いかほどお払いしたらよろしいでしょう?」
 すると フールバ (頭のいい女) は答える。ルハーン のおとめマリア様が見守るお盆を指さしながら、
「貧しい人たちのために、あなたが置きたいだけです、奥様」
 そして被害者の女性は、「貧しい人たちのために」5ペソを置く。


ロベルト・アールト Roberto Arlt 筆  新聞連載コラム『ブエノスアイレス人間エッチング』
“Aguafuertes Porteñas” (1928 - 33) より。


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