タンゴのスペイン語辞典 Diccionario Tanguero よみもの
El que se plancha el pantalón
自分でズボンにアイロンをかける男
自分でズボンにアイロンをかける男は、節約家の「パト pato 」(文無し男)の原型であることは否定できない。
彼には、女きょうだいたちも戦意をいだかない。彼のことは、母親も放っておく。そして、99パーセントの場合、彼には「フィーロ filo 」(好きな女の子) がいる。ズボンにちゃんと筋が付いていることで、口説き落とさないといけない「フィーロ」。
また、否定できないことがある。
あちこちにレクリエーション・センター centro recreativo というものがあって、《ノアの洪水 El Diluvio Universal 》 とか、《数々の涙と数々の笑顔 Lágrimas y Sonrisas 》とか、《波に乗って Sobre las Olas》 などと名乗っている。(最後の名前は、19世紀末にメキシコで作曲され、世界的にウィンナ・ワルツのように親しまれている曲のタイトル。かつての日本語題は「波涛を越えて」――高場・註)
そういうところの会員で、土曜日になると、夜のダンス・パーティのために、「ヘタラ jetra 」(スーツ) に自分でアイロンをかけない者はいないということだ。
そんなダンス・パーティでは、どんな「ペルカレーラ percalera 」(木綿のドレスを着た場末の娘) も王女様――人工の光の王女様――であり、おふくろさんたちは大きな椅子に身を沈めてウトウトと眠り、その間「ペベータ pebeta 」(若い娘) たちは両肺が口から飛び出すまで踊りつづける。
(このような一般の中流階級――金持ちとはまったくいえませんが――の家族的なパーティでは、タンゴは踊られていなかったようですね。
ワルツとかランチェーラとか、フォックストロット、イタリアのタランテッラといったところでしょうか?
労働者階級のパーティではタンゴがあったでしょう。そしてもちろん、キャバレーなど男の遊び場ではタンゴが中心でした)
「おふくろ、ぼくは「レオーネス leones 」(ズボン)」 にアイロンをかけるよ」と、《数々の涙と数々の笑顔》の会員が大声を上げる。すると、おふくろがやってきて、ブツブツ言いながら、マテ茶用のやかんを火から下ろし、かわりにアイロンを置く。………
まだつづきがあります。申し訳ありませんが、残りはしばらくお待ちください。
ロベルト・アールト Roberto Arlt 筆 新聞連載コラム『ブエノスアイレス人間エッチング』
“Aguafuertes Porteñas” (1928 - 33) より。
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