タンゴのスペイン語辞典 Diccionario Tanguero
placé (パラセー)
競馬の複勝(馬券)。その馬が3着以内(少頭数の場合は2着以内)に入ると配当金がもらえる。
参考 ⇒ ganador, N. P.
plata (パラータ)
ふつう「銀」のこと。ルンファルドでは、また、さらに広く一般的なアルゼンチン=ウルグアイのことばで、「お金」の意味で、いちばん多く使われる。同義語:guita; mango。
platense (パラテンセ)
ラプラタ市の(人、物事)。ブエノスアイレス州の州都 ラプラタ La Plata 市は大きな都市なので、国の首都ブエノスアイレスで生まれたタンゴも早い時期から伝わり、流行した。参考 ⇒ rioplatense。
plaza (パラーサ)
ふつうのスペイン語で、市町村の、多くの場合建物に囲まれている公共の空間。屋根はない。現代日本語では、ふつう「広場」と訳される。ブエノスアイレス市の定義では、「最低2500平方メートル以上の面積を持つ自由な(=だれでも、いつでも出入りできる)空間で、花、潅木および、余暇のくつろぎのための設備をしつらえたもの」となっている。実際には潅木というより大きな樹木が数本以上植えられた、公園と呼んでもいいようなものも多い。くつろぎの設備というのは、ふつうは、木や石でつくったベンチである。
森鴎外さんは、『即興詩人』の翻訳(明治25=1892年)で、イタリアのこれ(イタリア語では piazza )を「大いなる広小路(ひろこうじ)」と訳しています。
(以下、カナづかいは現代のものに改めました。また、フリガナも少し増やしましたが、その他は原文のままです)
「羅馬(ローマ)に往(ゆ)きしことある人は ピアッツァ・バルベリーニを知りたるべし。
こは貝殻(かいがら)持てるトリートンの神の像(すがた)に造り做(な)したる、美しき噴井(ふんせい)ある、
大(おおい)なる廣こうぢの名なり。」
日本語の最初の辞書であり、今も最高の辞書のひとつである『言海(ことばのうみ)』(大槻文彦・著、明治24=1891年)では、
「ひろこうぢ」は「街路の幅広き処(ところ)」となっていて、ちょっとニュアンスがちがいますね。
鴎外さんだってわかっていたはずですが、長々とピアッツァの説明をしていたら名文の流れが止まってしまいますからね。
そのころ、「広場」という日本語はなかったようです。
plazoleta (パラソレータ)
ふつうのスペイン語で、「ちっちゃなプラサ」。ブエノスアイレス市の定義では、上記 plaza と同様の空間で、面積2500平方メートル以下のものを言う。多くは、広い道路の上の浮島のような、一段高くなった場所で、花壇や植木はほとんどないことも多い。ベンチはある。
Pompeya (ポンページャ)
ブエノスアイレス市の区のひとつ(行政上の正式な名前は Nueva Pompeya (ヌエーバ・ポンページャ) だが、ほとんどの場合、略称が使われる)。ブエノスアイレス市南部にあり、リアチュエーロ Riachuelo 川に沿っている。何年かに1度の大雨でこの川があふれて街が水びたしになることは、近年までつづいている。19世紀には、パルケ・パトリーシオス Parque Patricios を含んでいたので、もっとも深くタンゴ伝統が根づいた地区というイメージがある。昔はあまり人が住んでいなかったが、20世紀初めから、市当局が土地の値段を下げ、安い時価で労働者層のための住宅建設を促進したので、大きな庶民の街になった。現代では周辺部に、外国人のスラム街の問題などあるが、さいわいなことに、この辞典では書く必要がない。
詩人で、タンゴの作詞家である オメーロ・マンシ Homero Manzi (1907 - 51) が、小学生のときからこの街でくらした。その青春の思い出から、1940年代にタンゴの歌詞でこの街を描き、その美しい詩のおかげで、今日の世代には、それがタンゴの原風景のように思われている。
右は、現在のポンページャ区のエンブレム(紋章)。
白いのが、リアチェーロ川にかかるアルシーナ(現在はウリブール)橋の、いわば門のような建造物。
もうひとつの建物はヌエバ・ポンページャ教会。中央左に見えるのは、
アルゼンチン国旗を付けたバンドネオンです。左のほうに昔の街灯が見えます。(この街にはいい画家はいないの? 失礼!)
Un pedazo de barrio, allá en Pompeya, | 街のひとかけらが――あちらポンページャのほうで―― |
――タンゴ «Barrio de tango»(タンゴの街)1942年 作詞:Homero Manzi
*フィオレンティーノ Fiorentino 歌。アニーバル・トロイロ Aníbal Troilo楽団。ここをクリック
San Juan y Boedo antiguo y todo el cielo. サンフワンとボエード通りの古い街角 そしていちめんの空。 |
――タンゴ «Sur»(スール=南)1948年 作詞:Homero Manzi
*エドムンド・リベーロ Edmundo Rivero 歌。アニーバル・トロイロ Aníbal Troilo楽団。ここをクリック
porteño (ポルテーニョ)
スペイン語で「港の(人、ものごと)」の意味なので、各地の港町に適用される呼び名。タンゴでは、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスのことに決まっている。大河ラプラタの河口近くにあり、大西洋に、そして内陸に向かってはパラナー河につながる大きな港である。
わたしたちにとっては、ポルテーニョ とは「ブエノスアイレスの(人、ものごと)」を意味することば。女性、またはことばの形(発音)から女性とみなされる物事に関するときは “porteña (ポルテーニャ) という。「かわいい」「小さな」といったニュアンスを加えるときは、男女それぞれ porteñito (ポルテニート)、porteñita (ポルテニータ)という。
参照 ⇒ Buenos Aires、bonaerense。
Soy hico de Buenos Aires, | わたしはブエノスアイレスの息子 |
――タンゴ «El porteñito»(エル・ポルテニート)1903年 作詞(作曲も):Ángel Villoldo
*アルフレード・ゴッビ Alfredo Gobbi 歌。ここをクリック
イタリア語なまりで(スペイン語 “hijo” を “hico” と発音)「土地っ子」だと自慢しているのが楽しいです。
ゴッビはとても人気者のアーティストで、この曲ができたときから得意にしていました。
この録音は、1909年ごろかと思われます。
posta (ポスタ)
人間にも、物に対しても「美しい、高級な、立派な」。
Muñeca, muñequita, que hablas con zeta | 人形、お人形さん、あんたはスペインの古い家柄のお方みたいに ‹θ› の音を使って話し、 *z (セタ) の音は、アルゼンチン〜ウルグアイなどでは s と同じ発音ですが、スペイン本国の正統とされるカスティーリャ語では、‹θ› (英語の th の澄んだ音) を使います。 |
――タンゴ «Che, papusa, oí» (チェ・パプーサ・オイー)1927年 作詞:Enrique Cadícamo
*カルロス・ガルデール Carlos Gardel 歌。ここをクリック
potranca (ポタランカ)
potrero (ポテレーロ)
各地のスペイン語で、まだ馴らされていない馬たちを囲ってある1種の放牧場のこと。しかしアルゼンチン=ウルグアイでは町外れや場末の、ただの空き地、野原をこう呼ぶ。今はそんな場所は消えてしまったかもしれないが、かつては「ポテレーロ」といえば、少年たちが手作りの布製ボールでサッカーをしているイメージと結びついていた。
potrillo (ポティリージョ)
3才以下の牡馬。まだ乳歯が生えている。
potro (ポトロ)
ガウチョの用語では、まだ馴らされていない、荒々しい、野性をもった牡馬(去勢はされている)。馴らされると、ふつうに「馬 caballo (カバージョ)」と呼ばれる。
これは一般的なスペイン語だけれど、馬文化の高いアルゼンチン=ウルグアイでは、他の地域よりもひんぱんに使われることばになっている。またとくに専門的な分類ではなく、自分の乗っている馬や、競馬の馬などを、愛情こめてこう呼ぶことがある。3才の馬(日本では4才と数えるという若いイメージはある。
prissé (プリセー)
かぎタバコ(フランス語 tabac à priser が正しい呼びかた)。立派な小さな箱に入れたタバコの葉(粉)を、鼻から吸う。パリの社交界で一時的に流行した風習だったのだろう。クシャミ、鼻水が出ないように、上品に(!)吸うには、相当な練習がいりそうだ。
……と書きましたが、近年の研究では、タバコではなく、コカインのひとつまみと解するのが正しいようです。
この語が出てくる唯一の曲の作詞者はルンファルドに精通していましたが、ときどき意味が逸脱したりします
(詩人の特権?)。この語ではフランス語つづりが適切でなかったので、間違いが生じました。
Trajeada de bacana bailas con corte | 金持ち女ならではのドレスに身を包み あんたは場末風の荒っぽいタンゴを踊る |
――タンゴ «Che, papusa, oí»(チェ・パプーサ・オイー)1927年 作詞:Enrique Cadícamo
*カルロス・ガルデール Carlos Gardel 歌。ここをクリック
¡pucha! (プーチャ)
あれまぁ!、なんだこれは!、どうなってるんだ!、ひどいなぁ!、やめてくれ!……など、驚きや嫌悪、ののしりや皮肉などを表現する、比較的やわらかい調子のことば。人前で口にしてはいけない(実際にはされているが)強い慣用句をちぢめて、ちょっとかわいらしく(?)音を変えたもの。
puchero (プチェーロ)
アルゼンチン=ウルグアイにかぎらず、広くスペイン語各地で使われることばで、スープ・煮込みに使う深い大きななべのこと。昔は素焼きの土製、やがては鉄やアルミなどで製造。
そのような鍋で作られるスープ煮込み料理も「プチェーロ(愛称プチェリート)」と呼ばれるようになった。材料は、肉――上等な部位でなくていい。長く煮込むので硬い肉のほうがいいくらい。ダシが出ることが大事――、ベーコンやソーセージの類、たまねぎ・にんじん・じゃがいも・さつまいも・かぼちゃ……その他の野菜や豆類・香草など。味付けは塩だけが基本。スープを濃くして満腹させるために、米を入れることも多い。
また、(貧しい)家庭の、毎日の、決まりきった食事のシンボルとして「プチェーロ」ということばが使われるようにもなった。「ありふれた、安い材料で」「とにかくおなかをいっぱいにする」というニュアンスが入っている。参照 ⇒ buyón。
puchero (pucherito) de gallina (プチェーロ (プチェリート) ・デ・ガジーナ)
ガジーナ(めんどり)のプチェーロ。――基本的な材料は、まず鶏、ヒネためんどりでいいのだが、ダシをとるだけでなく、食べるのなら、若鶏のほうがいいに決まっている。適当にさばいて、骨などもいっしょに煮る。セロリ、生のトウモロコシ、たまねぎ、にんじん、生のとうもろこしなどを、大き目に切っていっしょに煮る。鶏肉や煮崩したくない野菜はいちど取り出して、スープを漉(こ)す。ベーコンやソーセージの類、じゃがいも、キャベツなどを入れて煮る。じゃがいもが柔らかくなればできあがり。それぞれ深い皿にスープごと入れて、一人前ずつ供するが、肉や野菜を別皿に盛って出すことも多い。アルゼンチンでは、ダシを濃くするために、牛のわき腹の肉を骨付きで入れることもある。
本来は家庭料理だが、ブエノスアイレスの盛り場にあったレストランというか、大衆食堂というか……《トロペソーン Tropezón》の名物料理で、歌手・ミュージシャン・俳優・脚本家・詩人、その他のボヘミアン、遊び人たちが、明け方近くに、ここでプチェーロ・デ・ガジーナを食べていた。
Cabaret . . . «Tropezón» . . . | キャバレー……《トロペソーン》…… |
――タンゴ «Pucherito de gallina»(プチェリート・デ・ガジーナ)1953年 作詞(作曲も):Roberto Medina
*エドムンド・リベーロ Edmundo Rivero 歌。ここをクリック
pulpería (プルペリーア)
18〜19世紀に、大草原の宿場のようなところにあったサロンというか、酒場というか……。客は ガウチョ などで、ほとんどが馬に乗ってやってきた。食堂のようにテーブルや椅子があり、酒が飲めて、ひまつぶしのおしゃべりなどもできる。塩やロウソク、乾し肉など生活必需品も売っていた。ギターを弾きながらうたう人もいたし、ケンカも少なくなかった。ブエノスアイレスもモンテビデオも、大草原の一角なので、首都であっても周辺部にはプルペリーアがあった。まだタンゴが誕生するずっと以前の時代のことである。
「プルペリーアは倉庫であり、商店であり、居酒屋であり、ばくち場である。地方のひとびとの寄り合い所である。そこでは、カードや、ボーチャや、タバや、祭りの日にはソルティーハの競馬で、ひとびとが遊んだ。そこは、野にある 食料品と飲み物の販売所であり、ボリーチェよりも重要だ」(出典:Tito Saubidet: “Vocabulario y refranero criollo”, Ed. Guillermo Kraft, 1958)
右の絵で、ギターをもったパジャドールの手前に座っている人たちは、カードで遊んでいるのです
(ガウチョは、アグラはかけませんが、東洋人のように地面・床にすわれます)
こんな光景から、カード・ギャンブルでもつれてケンカになり、ナイフを抜いて決闘
……そこからミロンガのダンスになるという、タンゴのダンス・ショーの演出構成がありますね。
あの演出の創始者は、フォルクローレ・ダンスの最高峰エル・チュカロ Santiago Ayala “el Chúcaro” (1920 - 94) だそうです
(その後、作者の名前を出さずに、みんなそれぞれにアレンジしているようですが)。
pulpero (プルペーロ)
上記 プルペリーア の主人。女性なら pulpera (プルペーラ) と呼ぶ。
Pulpo (プルポ)
競馬の騎手 レギサーモ のあだ名。標準スペイン語では「蛸(タコ)」のこと。
puñal (プニャール)
ふつうのスペイン語で、短剣のこと。ガウチョ の用語では、小さめの短剣あるいは短刀・ナイフで、つくりが、より美しく精巧なもの。柄に細かい飾り模様が入るなど、道具・武器ではあるが、装身具の気分もあるもの。
参考 ⇒ cuchillo、daga、facón。
purrete (プレーテ)
男の子(少年から若者まで)。「かわいい」とか「おもしろい」、あるいは「憎めない」といった、好感のニュアンスを含んでいることが多い。一般に、お金持ちとか上流階級の男の子には使わないようだ。語源不詳だそうだ。
pur-sang (プールサン)
純血種の競走馬。英語のサラブレッドに当たるフランス語をそのまま流用。
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